色紙に書いたモットーを手にする柴崎。毎日の練習のすべてを大切にすることで、結果が表れると信じている
今年1月、高校2年という異例の早さでJリーグ1部の鹿島アントラーズへの入団が内定した柴崎岳(青森・青森山田3年)=青森山田中出身。昨年度は高校選手権でチームの準優勝に貢献し、U17ワールドカップ(W杯)でも不動のボランチとして活躍した。高校年代で今、ひときわ輝く存在だが、「サッカーはチームスポーツ。個人でどう目立つかより、勝ったときが一番うれしい」という。高校3年になった今年、新チームの中心として有終の美を目指す。
「キックの質が高く、試合での視野の広さと判断力が抜群」。青森山田中から指導する黒田剛監督(39)は、柴崎をそう評価する。毎日、シュートやパスなどを、良いイメージでできるまでけり込む。練習後も、納得がいくまでグラウンドを離れないという。
青森県野辺地町生まれ。2人の兄に続き、小学1年の冬にサッカーを始めた。中学入学時には「もっとレベルの高い環境で」と地元を離れ寮生活を始めた。プロになるという当時の夢は、今では将来への通過点となった。「1年後には鹿島の即戦力として試合で活躍したい」と意気込み、その先に日本代表としてのW杯出場を目標にする。
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激しく体を張ってプレーする高校選抜(白)とU18Jリーグ選抜(赤)の選手たち
サッカーシーズンの幕開けとなる富士ゼロックス・スーパーカップ。その前座として日本高校選抜とU18Jリーグ選抜の親善試合が2月27日、国立競技場で行われた。サッカー界の活性化を目的にした初の試みで、高校選抜は2009年度の全国高校選手権の優秀選手、J選抜はJリーグのユースチームに所属する選手が出場。将来を担う世代のプライドをかけた35分ハーフの"歴史的一戦"は、1-1で引き分けた。
(選手の学年は大会開催時)
「クラブ(ユースチーム)としての意地があった。絶対に高校に負けたくなかった」というのはJ選抜のDF広木雄磨(FC東京U18、東京・東久留米総合2年)。一方、高校選抜のMF碓井鉄平(山梨・山梨学院大付3年)も「どっちが強いか証明しようとみんなで話していた」と、互いに固い決意を持って試合に臨んだ。
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寝技をかける遠藤翼(上)
全国高校柔道選手権の団体決勝が3月21日、日本武道館で行われた。5人制勝ち抜き方式の男子は、国士舘(東京)が4連覇を狙った東海大相模(神奈川)を1人残しで下し6年ぶり7度目の優勝。3人制点取り方式の女子は、敬愛(福岡)が淑徳(東京)を内容差で破り初優勝を果たした。
(選手の学年は大会開催時)
宿敵・東海大相模に雪辱
高校柔道で3冠大会といわれる全国高校選手権、金鷲旗、全国高校総体で、一昨年から準優勝続きだった国士舘。いずれも決勝で東海大相模に敗れていた。
4年連続同じ顔合わせとなった今大会決勝。リベンジに貢献したのは先鋒・遠藤翼(1年)=東京・国士舘中出身=だった。相手が体勢を崩すと積極的に寝技を仕掛ける。初戦は相手のともえ投げをうまくさばき、2戦目は覆いかぶさる相手をひっくり返し、ともに横四方固めで一本勝ち。2人抜きでチームを勢いづけた。
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初優勝した敬愛の選手たち
ともに初優勝を懸けた女子決勝。0-1と淑徳にリードを許して迎えた大将戦。敬愛が逆転するためには、技あり以上の内容で勝つしかなかった。
大将は結城久美子(2年)=福岡・敬愛中出身。前日の個人70キロ級で優勝している実力者だが、筋肉痛のうえ、相手は20キロ以上も重い。それでも「緊張はしていたけど、とらないといけない」と積極的に足技で攻め、合わせ技で一本。逆転での初優勝を勝ち取った。
OB・OGとの強化練習が実った。結城は、卒業生の男子選手を相手にパワーアップを図った。先鋒の難波英里(2年)=同中出身=はスピードのある小さな選手を想定し、先輩にけいこをつけてもらった。吉元幸洋監督は「みんな自分の力を出し切ってくれた。周りの協力のおかげでの日本一だと思います」と喜びをかみしめていた。
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飛躍を誓う小沢初音。昨年度の個人最高成績は県新人戦のエペで2位、フルーレで3位。今年は個人・団体共に全国を目指す
関東学院(神奈川)2年の小沢初音(神奈川・関東学院中出身)は、高校にフェンシング部がなく、スクールに通って汗を流している。他校の練習や大会には一人で参加することが多い。部活の雰囲気を感じることはできないが、大会を通じて出会った仲間との絆を胸に、目標に向かって意欲を燃やしている。
フェンシングは、テレビで見て知った。小学5年の時だった。競技の名前さえ分からなかったが、初めて目にしたそのスポーツに、心を打たれた。「なんてかっこいいんだろう! わたしもやってみたい」
母に伝えると、けいこ場を探してくれた。五輪選手も輩出している「東京フェンシングスクール」に通い始める。
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テレビ局にディレクターとして入社する場合は4年生大学卒業以上が必要だが学部・学科は不問。制作会社のディレクターは専門学校卒業でも入社できる場合も。
普段から高校生のみんなも見ているスポーツの試合や番組などを制作する「スポーツ番組ディレクター」。生放送の中継やインタビュー、ニュース番組の進行、新番組の考案など、番組の放送のすべてにかかわる仕事だ。
企画から映像編集まで番組のすべてを担当
ケーブルテレビやCS(通信衛星)経由で、4つの有料チャンネルを約800万世帯に放送しているスポーツ専門テレビ局「ジェイ・スポーツ・ブロードキャスティング(J SPORTS)」。企画制作部でサッカーニュース番組のディレクターを務める土屋雅史(30)さんに話を聞いた。
―どうしてこの仕事に就こうと思ったのですか?
僕は小学3年から大学までサッカーをしていたので、「サッカーに恩返し」がしたかったし、自分を生かせるのもサッカーに関する仕事だと思っていました。現在担当しているサッカーニュース番組に携わりたかったので、この会社を選びました。
―ディレクターとは具体的にどんな仕事なのですか? また、プロデューサーとの違いを教えてください。
ディレクターは番組のすべてにかかわります。自分たちで企画、撮影、収録する番組もあれば、試合のライブ中継もあるし、海外の試合などの番組を編集して放送することも。ディレクターと一言で言っても番組によって仕事内容が変わってきます。一方、プロデューサーは番組のお金や人の管理を仕事としています。
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部活でも勉強でも続けることが後につながる」とエールを送る
Jリーグ3連覇中の常勝軍団・鹿島アントラーズに、屈強な肉体を武器に不動のセンターバックとしてゴール前に立ちはだかる男がいる。岩政大樹だ。昨年10月に日本代表デビューを果たした遅咲きの28歳は、日々練習に地道に取り組み、今も成長の歩みを止めることはない。そんな岩政は高校時代、「部活でサッカーをしたい」という熱意と「教師になりたい」という目標を、持ち前の意志の強さで両立していた。
田舎の島(山口県周防大島)の実家近くにはチームがなく、小学3年のころに、島内の少し離れたところにある少年団でサッカーを始めました。そのころからずっとセンターバックでしたね。小学6年で島の選抜チームとして全国大会にも出場しました。
中学校にはサッカー部がなかった。全校生徒が30人くらいで、駅伝が盛んな土地柄だったので男子全員が陸上部(笑)。だけどサッカーが好きだったのでクラブチームで続けました。休日は午前中に陸上部の練習で走って、午後はボールをける日々。おかげで体力も精神力も付きましたね。
周り気にせず机に向かった
クラブチームの試合を見た強豪高校から声を掛けてもらったことが自信となり「高校はサッカー部で頑張ろう」と思いました。だけど近くにサッカー部のある高校がなかった。同時に、尊敬する両親がともに先生だったので「教師になりたい」という思いも強かった。結局、親に駅まで車で送ってもらっても片道1時間半かかる、進学校でサッカー部もある岩国に進みました。
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