スポーツマインド

第 1回 高校時代とスポーツ(07年4月号掲載)

「高校生スポーツ」の原稿だと思うと、やはり昔のことがあれやこれやと思い出される。

ぼくは小学校から大学まで、自分の勝手な孤独や妄想に苦しめられた以外は、学校で辛(つら)い思いをしたことはあまりないが、スポーツ=体育の時間だけは非常に辛かった。小学校3年で初めて体育というものをさせられてから大学を卒業するまで、ずっとそうだった。

いま考えると、ぼくに最初に体育を教えた小学3年のときの男の教師は、きっと体育大学で器械体操を専門にやった人なのではないかと思う。マット運動や鉄棒をやらされた記憶しかないからだ。ところがぼくは、授業のはじめの準備体操のときの前屈からもうできなかった。体が人なみはずれて硬かったのだ。いまでもそれは変わらず、どんなに体をかがめても、両手の先は膝(ひざ)の下ぐらいまでしか届かない。

当然、マットの上での前転や後転なども上手にできず、鉄棒の逆上がりもできなかった。おまえは体が硬いだけだ、スポーツができないわけじゃないとその教師がいってくれていたら、すこしはちがっていたと思うが、ぼくは自分には運動能力がないと思いこんだ。そして体育の時間がくるのを嫌い、くるとその時間がすぎるのをただ耐えて待つだけになった。それが大学を卒業するまでつづいたのである。

しかし、学校での体育が辛くなる以前は、原っぱで草野球をさかんにやっていたし、もともとスポーツは嫌いではなかった。大学を卒業してもう30年以上になるが、それからの生活もそのことをよく物語っている。

大学を卒業してまもなく、友だちを集めて草サッカーチームをつくって20年ばかりつづけたし、そのあいだに同じメンバーで草野球もやった。何年間か定期的にテニスをやったこともある。いまは年齢相応にゴルフをやっているが、これもはじめてから20年になる。考えてみれば、大学卒業後はずっとスポーツ漬けなのである。

高校生諸君にいいたいことはひとつだ。学校時代にいやなことでも、卒業してできるようになることはいくらでもあるのである。学校時代など人生の一瞬にすぎない。過剰に期待する必要もないし、失望する必要もない。

(作家)