スポーツをするのは得意ではないが、見るのは好きだという人は多いだろう。
しかし、スポーツにはそういう人もいなければならない。なぜなら、スポーツにかぎらず、すべての出来事は記録されなければ歴史にならないからだ。そして、いうまでもなく、記録はスポーツをする人ではなく、見る人によって書かれるのである。
スポーツには、事実よりも伝説のほうが面白いということがよくある。その最たるものは、ベーブ・ルースの〝予告ホームラン〟だろう。1932年のヤンキース対カブスのワールドシリーズで、「あそこに打ち込んでやるぞ」とセンターを指差して、そのとおりに打ったというものだ。
しかし、事実はちょっとちがう。ヤンキース2連勝後の第3戦で、球場はカブスの本拠地のシカゴ、観客も含めて相当ヒートアップしていた。そして4対4の5回、すでに1回にスリーランホームランを打っていたルースが打席にはいると、カブスからの野次(やじ)がさらに激しくなった。そこでルースもカッとなり、マウンドのピッチャーに向かって指を立てると、「つぎのボールをおまえの喉(のど)にぶち込んでやる」と怒鳴ったというのだ。そしてバットが振られ、ボールはセンターに消えていった。
だが、それをスタンドから見ていた野球記者たちは、ルースがセンターを指差してから打ったと思い、のちに作家となるポール・ギャリコなどはつぎのように書いた。
「ルースはアンチヤンキースのファンが集結していたセンター外野席を指差した。その場所こそ、彼がもっとも本塁打を打ち込みたいところだった。そして、そのとおりにやってのけた」
これが伝説となって、いまもルースの〝予告ホームラン〟として語り継がれているわけだが、こうした伝説も、スポーツをする当事者だけがいても、それを見て記録する人間がいなければ生まれないのである。伝説もひとつの歴史だ。
スポーツには、するだけではなく、さまざまな楽しみ方、かかわり方がある。
(作家)