スポーツマインド

第 5回 対戦相手への敬意どこへ(07年9月号掲載)

何年か前、ケーブルテレビで1978年のヤクルト・スワローズ対阪急ブレーブス(現オリックス・バファローズ)の日本シリーズ第7戦の再放送を見ていたときのことだ。いまの高校生諸君は知るまいが、6回にスワローズの大杉勝男が打ったレフトポール際へのホームランをめぐって、ブレーブスの上田利治監督がファウルだと抗議して1時間19分中断した有名な試合だ。

そのホームランは日本シリーズの行方を決定づけるものだったが、何度もくり返して流されるビデオを見ているうちに、あることに気がついた。そういう重要なホームランだったにもかかわらず、大杉はそれを誇るようなことはいっさいせず、まったく淡々とベースを回っていたのである。その後、8回にもダメ押しのホームランを打ったが、そのときも同じだった。

つまり、そのころまでは、すくなくともプロ野球では、ホームランを打ってもそれを誇ってガッツポーズをするなどということはしていなかったのである。むろん、それ以前の長嶋茂雄や王貞治の時代もしていなかった。高校野球でもしていなかったのではないかと思う。

しかしいまは、プロ野球でも高校野球でも、ガッツポーズをして自分のやったことをこれ見よがしに誇る。プロ野球と高校野球と、どちらが先にあんなことをするようになったのか、ぼくは判断材料を持たないが、あれを見るたびに彼らはどういうつもりでやっているのだろうと思う。

アメリカの大リーグでは、ああいうことをするとピッチャーから報復の死球を受けるそうだが、ぼくはそのピッチャーの気持ちがよく分かる。ピッチャーが打ちのめされたことは誰もが分かっているのに、その前で打ちのめしたことを重ねて誇示するのだ。誇りある人間なら、バカにするなと怒らずにはいられまい。

いったい、日本の野球選手はいつからこんなふうになってしまったのだろう。この夏の甲子園を見ていて、いつも思っているそのことをまた思ったのである。人に敬意を払わなければ、人にも敬意を払われない。

(作家)