スポーツマインド

第 7回 21年前と重なった今年のF1(07年11月号掲載)

最終戦の不運がすべてではない

今年のF1は面白かった。ミハエル・シューマッハが引退して、しばらくは凡庸なドライバーたちのドングリの背比べになるのだろうと思っていたら、ルイス・ハミルトンという22歳の新人があらわれたからだ。初優勝は第6戦のカナダ・グランプリだったが、第4戦のスペイン・グランプリで総合ポイントのトップに立つと、最後の第17戦、ブラジル・グランプリまでそのリードを守りつづけたのである。新人のチャンピオンはアイルトン・セナでさえなしえなかったことだった。

しかし、ハミルトンは結局チャンピオンになれなかった。最後のブラジルで5位になるだけでよかったのに、原因不明のギアトラブルが発生して7位に終わったのである。

まったく不運としかいいようがなかったが、こういうとき、多くの人はその最後の不運だけを嘆く。ギアさえ順調だったならと。

そうだろうか。

1986年にも同じようなことがあった。最後の第16戦、オーストラリア・グランプリでのことで、レース中に2台の車に原因不明のタイヤバーストが発生した。そのため、そのまま走っていればチャンピオンになれたトップのネルソン・ピケは、残り17周というところで安全のためにタイヤ交換を余儀なくされた。それで、タイヤバーストが発生する以前にタイヤ交換をしていたアラン・プロストに逆転されたのである。

そのレースのあとでピケのいった言葉が、ぼくは忘れられない。多くの人が運が悪かったねと慰めるのに対して、こういったのだ。

「いや、ちがうよ。レースはきょうの1戦だけじゃない。16戦すべてだ。きょうの1戦だけが運が悪かったんじゃないんだ。われわれには、ほかにも勝っているべきレースはたくさんあった。そのとき勝てなかったのがきょうのレースにつながっているんだ。レースというのはそうしたものだよ」

だからどんなときも全力をつくすべきだなどと教訓を述べるつもりはないが、今年のF1の最後を見て久しぶりに思い出したのである。

(作家)