スポーツマインド

第12回 五輪水着問題 (08年7・8月号掲載)

「約束」は守られなかった

大学生のころのことだが、待ち合わせをすると、約束の時間に必ず遅れてくる女友達がいた。デザイナー志望の女子学生だった。

何度目かに遅れてきたとき、ついに腹に据えかね、こういって怒ったことがある。  「きみは、デザイナーのような創造的な仕事をする人間は、自由な存在で、時間などにとらわれないものだと思っているのだろう。それなら、どうして約束をするんだ。約束というのはそれを守るためにするんだろう。守れないなら約束などするな」

それから彼女は考え方を変えたらしく、二度と時間に遅れなくなったが、いまでも約束は守るためにするものだとぼくは思っている。

しかし、オリンピックの金メダルのためなら守らなくてもいいらしい。ほかでもなく、日本水泳連盟がミズノ、アシックス、デサントの3社から年間500万円の協賛金をもらうかわりに、日本代表の選手は3社以外の水着を着ないという12年契約を結んでいたにもかかわらず、それをほごにして水着の選択を選手の自由意志にまかせることにした問題である。

むろん、イギリスのメーカーがレーザー・レーサーという画期的な水着を発明しなければこういう問題は起きなかった。しかし、今年になってその水着を着た選手たちが世界中で世界新記録を連発し、日本代表たちもそれを試着して泳いでみると、軒並み好記録が出た。そこで、日本の3社の水着ではとても金メダルを取れないということになって、レーザー・レーサーを着られるようにするために3社との契約をほごにしたのである。

これにくらべれば、かつてのぼくの女友達などはかわいいものだ。水泳連盟は、もっといい相手が見つかったといって、金銭までもらって約束していた相手をあっさり袖にしてしまったのだから。違約金を払って正式に契約を破棄するならともかく、これでは都合が悪くなったら契約も約束もいつでも破っていいことになる。

ぼくらが同じことをしたらきっと道徳の荒廃と非難されるだろうが、彼らが何もいわれないのはじつに不思議である。

 

(作家)