スポーツに精を出す若者の多くは、より速く走り、より高く遠くに跳び、より美しいフォームを身につけたい、と日々自らを鍛えている。言うまでもなく、その要となるのは、練習とかトレーニングと呼ばれているものだ。
近代的なトレーニングの特色の一つに「特異性の原則」というものがある。ある種の運動能力を高めるためには、それと同類のトレーニングをすることによって最も効果的に向上させることができる、ということである。
走るというトレーニングに関しては、例えば、陸上短距離走者の末続慎吾はエネルギーを爆発的に発揮するダッシュ力や、全力に近い走りがどこまで続くのかという筋持久力を鍛えている。
一方、マラソンの高橋尚子は、ひたすら長い距離を黙々と走る。そして、その多くの時間をアメリカのボルダーで過ごす。高地であるボルダーは酸素濃度が低いため、長距離を走ったり泳いだりする競技者が酸素を取り込みやすい体をつくるトレーニングとして一般化している、高地順化トレーニングに適しているからである。
特異性の原則に沿ったトレーニング法の一例を述べたが、一方、すべてのスポーツにとって共通であり、不可欠なトレーニングがあることを忘れてはならない。
スポーツをする前に、「体操だけはしっかりやっておけ」と言われた人は多いだろう。なぜ体操が必要なのかというと、関節の可動域(柔軟性)がスポーツの結果を左右するためだ。
ここでいう体操というのは、体の柔軟性を保ったり、高めたりすることだから、柔軟体操と表現したほうが良いかもしれない。狭い意味ではストレッチとも呼ばれている。
最近、メジャーリーグの試合をテレビで見る機会が多いのだが、マリナーズのイチローの挙動に注目してもらいたい。打つときも守るときも、必ずといっていいほど柔軟体操を行ってからバッターボックスに入ったり、守備に就いたりしている。
この柔軟体操(ストレッチ)によって、野球の動作に必要な柔軟性を維持している。素質に恵まれた人間が基本に忠実に体づくりをしているから、けがをせずに優れた技能を身につけることができるのだ。
柔軟体操は、それ自体あまり楽しいものではないかもしれない。しかし、柔軟体操はスポーツのパフォーマンスに次のような形で現れる。
①柔軟性が高いと疲れにくい体になるので練習(トレーニング)を長時間、効果的に行うことができる。
②柔軟性が高いと動作を目的どおりに行いやすい。(動作の正確性)
③柔軟性が高いとスピーディな動作がしやすい。このことは、ハイパワーの出しやすさにもつながる。
柔軟体操をおろそかにすることは、できないのである。
(田中誠一=浜松大教授・東海大名誉教授)