「Train」を「仕込む」とか「鍛える」というように理解するとすれば、乗合馬車と訳せる「coach」は、御者の手綱さばき一つで行き着くところが決まる、という意味になります。今のスポーツ界では、「俺について来い」というコーチの指導の下で、闇雲に練習に取り組むのではなく、競技者が「自らが行っていることは、こういうことなんだ」と分かった上でトレーニングをすることが大切です。競技者自身もコーチと一緒に、スポーツの科学を多少は勉強しなければ、競技力の向上は望めません。
先月号では、柔軟体操についてお話ししました。ウオーム・アップをないがしろにしては、トレーニングも試合もうまくいかないことを、多少は理解してもらえたと思います。
今回は、生理学的にみた場合、トレーニングや試合はどこで終わるのか、を考えてみようと思います。一例として、50㌔のバーベルを数回挙げたとしましょう。コーチが「今日のトレーニングはこれで終わり」と告げたとき、バーベルを挙げる運動に動員された筋肉はどうなっているのでしょうか。
大雑把に考えただけでも、筋グリコーゲンという糖質がかなり消費されたと考えられます。水分や無機質も失われているに違いありません。それより何より、顕微鏡で筋肉をのぞいてみることができるとしたら、筋肉が微細に傷ついていることでしょう。
バーベルを挙げたのは、筋力や筋のパワーを高めるためなのに、これでは筋肉を弱くしてしまったことになります。実はその通りなのです。
トレーニング効果というのは、身体の構造や機能にダメージを与え、それが回復する過程で得られるものなのです。この回復の過程を早く円滑にするためには、トレーニング後に行うクール・ダウンが大事になります。
日本語では、整理運動というのですが、これを旧来の「Train」や、「coach」と同じような解釈で「cool」=冷める・整理する、とすることは、スポーツ科学の立場からの説明としては不十分です。
先に述べた、筋力や筋のパワートレーニングに動員された筋肉のことを考えると、まずはダメージを受けた筋肉の構造を修復するための栄養素や水分をいち早く筋肉に送り届けることを考えなくてはいけません。同時に、失われたエネルギー源の補充も大切になります。
また、運動によって高められた心拍数を元に戻す必要がありますし、脳の興奮も沈静化する必要があります。血流を促進し、栄養素や水分の運搬力を高めるために、ごくごくゆっくりとしたジョギングやスイミング、ストレッチングなどの体操をするのです。
これが現代流のクール・ダウンです。さらに近頃では、いつ、どのくらい食べるのかということや、シャワーの使用や入浴法まで含めて、本当の意味でのクール・ダウンと考えるようになっています。これらの作業によってトレーニング前の身体的コンディションを上回るコンディションが構築されます。これを超回復と言います。ここで、本当の意味でのトレーニングが終わるのだということになります。
(田中誠一=浜松大教授・東海大名誉教授)